指導教員:岸本章 教授
制作年:2015年
ニワ文化のデザイン論
-生活における人の動きと空間構成の関係から-
日本の村落を訪れると、住まいと田畑や海、山が合わさり美しい景観を織り成している。これらの生活における屋外空間(ニワ)は、 気候や地形などを巧みに読んだ「生活者によってデザインされた環境」として捉えてみたい。デザイン (design) という語は、日本において曖昧に使用されている語であり、装飾や意匠とみなされる傾向にあるが、本来はその実践をも含めた計画である。本研究では、生活者が実用や目的をもって形づくった環境もまたデザインであることを明らかにし、そのデザイン論を組み立てることがねらいである。その枠組みとしてニワにおける「人の動き (action)」と「空間構成 (space composition)」の関係性を実例により捉え、それを分析し考察する。
古代におけるニワは平坦な場所を指し、儀式を行う場、人々が共同で作業を行う場であった。しかし、近代において「庭園」の語の登場で、ニワ(庭)とソノ (園)が混同されていく。一方で、民俗語彙のなどから見られるように、生活のなかの日常的側面(ケ:褻・毛・気) と非日常的側面(ハレ: 晴) のいずれにおいても、ニワの語は脈々と息づいていたのである。
このことから、日常と非日常の両側面からニワの事例をとりあげ、そのあり方を検証した。まず、日常的側面の事例に設定した指標がエリア区分である。エリア区分については生活者を対象にした聞き取り調査から、「作業場(yard)」、「庭園(garden)」、「前栽畑 (vegetables plot)」、「屋敷林(protective grove)」に分けた。これらにより、用途に適った空間を造りその配置を行い、気候・地理や生業・家格などに対応したあり方を見出した。次に、非日常的側面の事例から、動線に着目し、そのあり方を検証した。儀礼・祭祀、芸能は「作業場」と「屋敷林」のエリア区分にて行われ、神聖な場へと意味を転換させ、なかでも「作業場」は私的空間から公的空間へと役割を転換させていることが見出された。
ニワを「生活者によってデザインされた環境」と読み解くことで、地形や気候などの地理的条件や生業や家格などの社会的条件、信仰心や住意識などの個人的条件がデザインの要因 (factor)となりデザインされていることが見出された。また、民俗学で論ぜられてきた住まい の屋内空間を分析する概念である「オクークチ」の秩序が、屋外空間においても踏襲されており、ニワは生活者によって屋内空間と連続的に計画されていることも見出された。またさらに、日常的側面と非日面は生活の「ケ」をリセットする「ハレ」とされてきたが、ニワを形づくるデザイン行為を持続的に行うための変更や修正のタイミングをそこに設けていたとする知見も見出すことができた。生活者による二つの「デザイン(形づくる行為)」は、時の流れを内包した持続的なデサインであった。つまり、ニワに対し意味の転換を起こしていた原動力、そしてニワの価値をもたらすための持続的な管理を駆動する力こそがニワ文化であると結論づけることができた。
生活者によるニワの「デザイン」は、物のあり方のみならず様々な実践を含めた空間の計画といった、いわば源初的なデザインであったと言う事ができる。本研究の所産を今後の環境デザインの実務に反映させることを次なる研究課題としたい。