2022年環境デザイン学科の70を超える卒業制作の中で研究室から10名の作品が特別講評会へ選考されました。
講評会当日直前まで対面で実施を予定していましたが、コロナウイルスの影響もあり、残念ながら対面での講評会は中止となりました。
ですが、学生からの声もあり、今回はプレゼンテーションを各自がデータ、動画として用意し、客員教授である伊東豊雄先生、藤江和子先生、廣村正彰先生よりコメントをいただいていますのでここで紹介します。
福田奈菜 「重なる」
とても美しいプロジェクト。高速道路の下面は美しくない風景なので、貴方のプロジェクトによってヒューマンなスケールにスケールダウンされ、また曲線を描いているのも共感できるが、構造的に成立するか否かは定かでない。特に地震時には不安が募る。
伊東豊雄
「日本の美しい風景」「都心の美しい風景」に隅田川と高速道路が交差する「両国ジャンクション」を挙げていることに驚きを感じる。そして 作者は、高速道路と川面の間を縫う人のための歩く橋を提案している。デザインされたこの橋は、ひどく開放的ではあるが、あまりにも華奢なデザインだから、利用にはかなり不安である。頭上に圧倒的に存在するコンクリートの高速道路の裏面を臨みながらの空間体験とは、如何なものだろう。本当に心地よいのだろうか?。都会における『橋』のある空間は、人工物で密集した空間が開けて 水の流れや頭上の空を感じ、視界が開ける特別な空間なのだ。本当に美しい風景として安心して 気持ちよく体感できるのでしょうか。こうした感覚をもう少し大切に注意深く提案して
ほしいと思いました。
藤江和子
橋梁を利用して新しい体験を作り出すというプロジェクトのアイデアには、とても好感が持てました。高速道路の裏側と正面景観を一緒に演出できれば更に良い効果が期待できる企画です。ただ、夜間の利用や風が吹いた際の対策などの細かい課題が見受けられるので、そちらに対するディティールを作り込むと、より一層良い作品になると思います。
廣村正彰
青木美羽 「使いこなされるエレメント」
自分の住んでいるエリアの水路をベースにして新しい小さなコミュニティを再生しようとする提案は素晴らしい。小さな建築もとてもよく考えられていて実現してみたくなる。
だがこの建築を誰が実現するのだろう。自治体かそれとも住民か。
伊東豊雄
自分が育った地域「赤羽」が、かつての水路が埋め立てられて暗渠となり、同時に空き家が大型建築に変わっていく。全国で起きている光景だ。記憶が消され、人と人の繋がりが薄らいでいきリアルな生活感が失われていくことに危惧した地域の住宅スケールの提案である。
街の至る所に虫食い状に生まれてくる空地、空家、コインパーキングなどは街の活力を失う理由の一つである。作者は、既存の家屋の廃材などを再利用しての小さな公共施設を提案している。人のスケールを保ちながらの新しい時代の生活スタイルの変化にも沿わせようとしている点には好感が持てる。しかしながら、異常気象の昨今、提案の水路の再生に関する具体性に乏しいことや、廃材再利用の提案がストラクチャーのみの表現であり、本当に住民が安心して利用したくなる建築なのかどうか?もう一歩、具体的に詰めて欲しかった。
藤江和子
一旦暗渠としてしまった場所を再構築するのはとても大変ですが、このプロジェクトのアイデアが地域再生の新たなコミュニティを生むのではないかという期待が持てました。計画のプロダクトや建物も良くできていて、四季折々の風景を感じられる仕組みには、非常に好感が持てました。また自然にこの建物が風化し、街に馴染んでいくという考え方も、時間をデザインしているといえて好印象でした。
廣村正彰
WANG JIAWEN 「山社」
自分の友人からの死に対する感情からテーマを引き出し、自然のなかでの散骨とそれに関わる木造建築を提案した心情はよく理解できた。建築の構造もとてもよく考えられていて美しいと思う。
伊東豊雄
中国出身の作者の死生観と日本人のそれとの間に 違いはあるのだろうか?
弔うというセレモニーそしてそのシステムに違和感を持ち癒されなかった作者の提案だ。
故人と別れるのではなく、故人の存在を残す葬式だという「自然葬」のための祭祀施設 としての「山社」の提案である。
山頂に至るまでの地形の起伏のランドスケープが具体的であり、山頂へ歩を進める時間と共に変化する精神のランドスケープが丁寧に語られて共感できるものがあった。しかしながら、種々の施設の姿は どれも似ているのが残念だ。杉材のストラクチャーのみの表現であり、祭祀施設としての建築空間的安らぎ感を知ることができない。
藤江和子
葬式という儀式で故人を送る側の人が感じる辛い気持ちや、重い雰囲気を和らげるというプロジェクトの主旨には賛同します。多種多様になってきた現代の葬式事情に着目し、葬式の概念を変えていこうという考え方は評価できます。ただ、もっとこの先の葬儀のあり方を追求すると、より良いプロジェクトになる作品だと思います。葬儀の多様性を考えさせられました。
廣村正彰
小野海 「KUMITAS -クミタス- 人と共に変化する家具」
とてもきれいな家具でディテールもよく考えられている。ただ組みかえは限られているので、もう少しパーツの種類を増やして大きなテーブルやデスクなどのデザインにもチャレンジしてみてはと思った。
伊東豊雄
粗大ゴミとして打ち捨てられた家具の風景を痛ましく見た 作者の家具愛が感じられる。 また、昨今の生活スタイルの変化の激しさに対応できる家具のシステムの提案であり、現代的な着眼点を持ったテーマである。
t15mm3’x 6’版共芯合板の無駄のない木取りや簡単だが古くからある組み木によるシステムを実現して、さまざまな行為の変化に追従可能であり、使い方の変化とともにライフスタイルに簡単に対応できる。社会問題への目線とともに、ものづくりの姿勢が丁寧であるように思えた。t15mm という合板の強度、使い方、加工精度のバランスが取れて初めてスツールとしての強度を保てるだろう。このような実物作品は、ぜひ体験しなければ講評は難しい。
藤江和子
可変性のある家具は多く存在しますが、その中から見てもクミタスが組み木を利用した日本的な着想で作られていることに好感が持てました。その仕組みや骨格から強度も感じられ、1枚の板を無駄無く使用する設計は良くできています。ただ、普段の生活から実際に家具を組み立て直して使うことが本当に多いのか、可変性であることの自由度と実生活との距離感を考えてみるのも良いかもしれません。
廣村正彰
神内隆伍「あらゆる存在との共生をめざして」
論文はよく考えていると納得した。21世紀の建築の最大のテーマは建築における新しい自然との関係を問うことである。しかし貴方の文章の提言に比較して建築の提案は新しさに欠ける。もっと近代主義を超えた地点での建築がいま求められている。コミュニティのあり方に関しては北山恒氏の『未来都市はムラに近似する』を読むことを勧める。
伊東豊雄
どのくらい多くの文献を検索されたのかはわからないが、実に簡単に要約し記されていたのですが、解読するには時間がかかってしまい閉口しました。
作品ボードにおける設計趣旨文の最後に、「私は、あらゆる存在と依存しあって生きることが、真に豊かな暮らしであると考える」というこの一文にほっとしたものです。
設計提案された様々なタイプの建築は それほど特徴的で魅力を感じるものとは言いづらいものがありました。100年余りのタイムスパンでの提案であり、リアルに実体験が難しくイメージしずらいためか、そこに生きる人の生活ぶりが見えない 読み取れないことに起因しているのではないでしょうか。
藤江和子
限界集落に対して、外来者が村落を再形成していく過程の中にある理想的な提案だと思います。キッチンや集会所などの共有スペースの増築や、廃墟の廃材を利用して建物を再構築するなどの考え方には共感します。しかし、現代人が生活していく上では最低限の快適さも重要となるので、通信環境の整備や新しい仕事の提案、生活に基づく基本インフラに対するリアルな提案もあると、環境との共生というテーマにより結びつくと思います。
廣村正彰
小見山 尚 「BB LAMP」
丸竹と竹の集成材を組み合わせたデザインには好感が持てる。照明部分のディテールを図面で描いて欲しかった。
伊東豊雄
実物製作作品であり、実際に手に取ってみることができないのが残念です。
竹というよく知っているのに 馴染みの薄い素材との格闘であったようだ。
実際にも、実に扱いにくい材料ではある。だが、丸く面取りし背割りをしたフォルムは 不思議な 新しさを醸し出している。ただ、詳細なディテールにおいて、ジョイント部などの金物デザインや背割りの幅などに工夫がなされていないことと、スタンド支持部のデザインに洗練さが見えないのが残念です。
藤江和子
竹はサスティナブルな素材で、これからも積極的に使用していかなければならない素材だと思います。その竹に着目した点と、竹の特性を生かしたプロダクトになっていることには、好感が持てました。ただ、原型を活かした造形は評価できますが、機能的には角度が変化するだけの印象で、新しさを感じることが難しく思えました。もう一歩、造形的な部分や使い方に意外性があるとより良かったかもしれません。
廣村正彰
田中嵐 「南極礼骨堂」
美しいプロジェクトだがリアリティに欠ける。南極という場所を選ばなくても成立しうる場所はなかったのか。ここに建設すること、どれ位の人が利用するのか、貴方のロマンティックな想いと現実との間のギャップを説明する必要があるように感じた。
伊東豊雄
亡き人の慰霊の場を 南極に設定したということに 少し驚きを感じました。
作者は 南極の気候を体感したことがあるのでしょうか。未体験の私にとっては、地球上の大陸の中で最も自然の状態が残されているこの地に、最も人工的な直線によるミニマルで厳しい建築形状が挿入されることに 違和感を禁じ得ないのです。ポートフォリオによれば、作者は 様々な海外体験をしているようだが、地理学、宇宙学的にも時空の想像力を働かせることと同時に、人間不在にならないような環境意識を強く持ってもらいたいと思いました。
藤江和子
海洋散骨の是非論もありますが、現在の日本の墓状況を考えると需要が増えることが予測できるので、面白いプロジェクトだと思います。また、詳しく調べた結果、海流で地球上を渡るという壮大なストーリーの中で、故人を弔うというアイデアには夢があり、全てが非常に良くまとまっているので評価できます。ただ、材質やモニュメントは、神秘的過ぎる造り方をしない方が、ストーリーの良さが伝わるのではないかと思いました。
廣村正彰
永井大翔 「EARTHTOEARTH」
銀座という日本一地価の高い場所でこのような人工的なグリーンが成立するリアリティを感じない。東京都心部でも成立する場所はあると思うので、周辺環境との関係を考えてみると良いのではないか。
伊東豊雄
EARTHを足裏で直接に感じる素足肌感覚を通して 環境鑑賞装置を体感してもらおうということか。触覚にフォーカスしたとても興味深いテーマですが、場所の設定を、相模湖に設定していることで、少なからず違和感が生じてしまう。人工的なインスタレーションの提案がどうにもひ弱に思えてしまうのです。残された現状の自然を 足裏で体感するためにもっと豊かに育て上げることはできないのかしら。確かに、見事に育った苔の起伏や柔らかさ、湿り気などなど人工物で埋め尽くされた都会には失われた独特な感触に興味を持ったことに好感が持てました。また、制作作品がリアルな素材であることもよかったです。
藤江和子
現代人が忘れてしまった足の裏の感覚を取り戻すという、プロジェクトの発想と着目点は面白いアイデアで、新しい体験価値を生み出すと思いますので非常に評価できます。しかし、空間性や構造については、模型を見ただけでは今ひとつわかりにくいので、ディティールを作り込むことと、最終的な着地はどのようにするのか、街への展開もリアルに考えるとなお良いと思いました。
廣村正彰
新山さゆり 「小説のなかで見た風景の展示」
着想は面白いが、貴方が感じとった風景はいずれも抽象的すぎて、文章との関係を読みとれない。もっと具体的な想像力がないと共感を得られないと思う。
伊東豊雄
20もの展示作品の風景を 移ろう光や肌を撫でる風や人の気配のある環境の中で見てみたかったです。
どれも、かつて手に取り読んだ記憶はあるという小説ではあるから、当然ながら、その時は 読みながら様々な情景をイメージしたはずだ。だが、今すでにその時と同じ感覚と時空を共有することはできない、他者とも同じだ。このことは残念だが、作者は深いテーマに向き合いそれを具現化に挑戦した興味深い作品だと思う。
「かたち」の私小説 とでも言えるような作品でしょうか。
藤江和子
小説の中の風景を空間的にオブジェで表現するという発想はとても面白いと思いました。しかし、今ひとつオブジェ自体の良さが伝わらず、写真でしか拝見していませんが、とりとめのない印象がしました。ですので、新山さんが伝えたい小説の中での驚きや、空間の発見のようなものを加えて表現すると、もっと良い作品に仕上がると思います。
廣村正彰
11842070 秦 裕一朗 「不在の六角形」
権力の隠蔽に対する貴方の怒りの感情は共感できる。ただし他方で差別された人々への複雑な想いへの共感もあると思う。建築をどうやって現代の人々に説得し、理解してもらえるのか。その手続きの欠如を感じてしまう。
伊東豊雄
歴史に残された悍ましい過ちとして社会問題報道がされてはいるが、実はその実態が多くの人には知られていない。こうした、社会の暗く重いそして難しい問題に目を向け、卒業設計テーマに取り上げたことの勇気は素晴らしいと思う。
記憶を掘り起こし、新たに仮想の堀を浮き重ねるというものだが、この 逆説的な表象行為はリアルに掘り起こされた堀と重ねて設けられた赤い浮橋の間を体験する人々に何を感じさせることができるのだろうか。少なくとも作者の思いはどこにあるのだろうか、難しい。
藤江和子
機能や役割を終えた“場”から新たな造形物を創造することは、鎮魂のような意味合いがあり、実際にいくつか存在しています。このプロジェクトにはそれらと同様の計画性と繊細さを感じました。また、トレイルを制作する提案はシンプルで、構造的すぎない考え方が面白いので評価できます。ただ、この場で利用者に思ってもらいことを、象徴的にどのように表出させていくのかは更に深掘りすると良いかもしれません。全体的に思いをはせるきっかけを作る新しい体験の取り組みとして興味が持てました。
廣村正彰